本居宣長「桜花詞」【出展資料紹介】
「桜花詞」は、本居宣長が桜の花を心引きつける最も美しい花と称賛し、その深い味わいを見つめるものです。外国の梅や桃を儒学の象徴とみなすことに対し、「桜花詞」は桜が日本の神道の穏やかさを体現し、日本の文化や精神を表現する重要な存在として桜を評価します。本居宣長の歌文集「鈴屋集」の第6巻にも収録されています。
本居宣長(1730-1801)は江戸時代中期の国学者・歌人、日本古代研究の先駆者です。伊勢国松坂(三重県松阪市)の木綿商の家に生まれ、医者となります。医業の傍ら『源氏物語』などの言葉遣いや日本古典を門人に講義しました。また、現存する日本最古の歴史書『古事記』を研究し、35年をかけて『古事記伝』44巻を執筆しました。主著の他に「もののあはれ」で知られる文学論や、神話や神道の研究など、多数の著作があります。
古橋家6代古橋源六郎暉皃(てるのり)が国学に入門したのは、宣長の『直毘霊(なおびのみたま)』に大きな感銘を受けたからでした。
解読文
桜花詞 宣長春山のさくらの花のさきのをゝ里を つらつらに見つゝ 思ひけらく たぐひなき花はこの花 もゝにちに花はさけども 花はこの花 からくはしきかも たふときかも あだし木草の花のごと けやけくこちたくはあらずて 浅らかにおゆなるものから そこひもなきにほひをもたりて またなくみやびたることの いひもかねなづけもしらぬは 此の花になも有ける かれあがまなびのおやなりし岡部大人の 外つ国人のことにめづなる梅と桃との さかしくこちたきが その国の教にしもあえたるにくらべて 此のさくらの花のものよりすぐれてことなるさまをし まつぶさにあげつらひて これぞ此大御神国の道ののどけきすがたとほめ給へりしは うべなるかもよ すゞのや
解説
春山に咲き撓る桜の花をじっくりと見つめ、思索した。この花の比類なき美しさ、その中にある幾多の花々、それは実に美しい。桜の花が単なる一時的な美しさを持つものではなく、若い浅い色から年月を経た深い色へと変わる美しい色合いは、桜の花が持つ雅な魅力を言葉で表すことは困難である。我が師、岡部大人(賀茂真淵)が指摘するように、外国の人々が愛する梅や桃の花は、たいそう鮮やかだ。それは彼らの国の教えを表現しているかのようである。それに比べて、この桜の花のより素晴らしさは、全面的に論じると、この花こそが、我が大御神国(日本)の道の穏やかな姿を表現し、その賛美は当然のことであると私は考える。
本居宣長は鈴と山桜をこよなく愛して、書斎を「鈴屋」と呼び、山室山にある奥墓には山桜が植えられています。令和5年の企画展示「にぎたえの里ー稲武でお花見を楽しもう」では、本居宣長の桜花詞を展示しました。企画展の詳細は以下の記事をご覧ください。