カイコの新しい可能性を探る!【令和3年度第1回稲武KAIKO学】瀬筒秀樹様(農研機構)講演とパネルディスカッション
養蚕製糸の新しい可能性を学ぶ勉強会「稲武KAIKO学」
令和2年度から稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会(事務局:豊田市役所稲武支所。以下、実行委員会)が地域に発足しました。
稲武の養蚕製糸の伝統文化を、稲武のまちを持続可能にする「まち守り」の視点で捉え、新しい産業を模索しつつも、地域住民から遊離したものにならないよう、地域の暮らし、自然との共生、生物多様性などまで見据えた、志の高い活動にしようとしています。
これまで実行委員会では、地元の保存団体「いなぶまゆっこクラブ」の活動を支援したり、映画「時の絲ぐるま」の上映会を豊田市内の各地の交流館で開催したり、足踏み式座繰り機を復元したり、豊田国際紙フォーラムで映像作品を制作したり、愛知工芸エキスポなどのイベントで普及活動を行ってきています。
今回実行委員会が主催する「稲武KAIKO学」では、カイコやシルクの新しい可能性を学ぶべく、毎回外部講師をお招きしてご講演いただきます。地域住民や企業、関連団体まで巻き込んで、自由闊達なディスカッションを行って、新しい活動が芽生えるきっかけになることを目的としています。
2021年12月5日 令和3年度第1回稲武KAIKO学 概要
テーマ | 蚕業革命を稲武の地から! |
日時 | 2021年12月5日(日) 13:30~15:30 |
会場 | 豊田市役所稲武支所 2階多目的ホール |
講師 | 瀬筒秀樹 様(農研機構) |
アドバイザー | 香坂玲 様(名古屋大学大学院) |
主催 | 稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会 |
講師 瀬筒秀樹様のご紹介
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
生物機能利用研究部門
絹糸昆虫高度利用研究領域 領域長
遺伝学・集団遺伝学・昆虫生物学で、シルクや昆虫ゲノムの多様性研究、マウス突然変異体開発、遺伝子組換えカイコに関する研究などを行ってきました。現在は、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質生産の実用化による「蚕業革命」を目指して研究開発を行っています。
パネリスト 冨田秀一郎様のご紹介
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
生物機能利用研究部門
カイコ基盤技術開発グループ グループ長
昆虫を材料とした発生生物学、進化生物学を専門にしています。昆虫の生理、遺伝、発生などの生物学的現象を研究対象にする一方で、カイコの新しい活用に向けた規制への対応や、情報提供、普及活動も行っています。
アドバイザー 香坂玲様のご紹介
名古屋大学大学院環境学研究科 教授
香坂玲研究室
フューチャーアース、地方創生にも参画。日本学術会議の連携会員(環境学:25,26期)・生物多様性条約COP10支援実行委員会アドバイザー・国際連合大学高等研究所客員研究員。専門は環境マネジメント、森林科学、国際資源管理論、風土論。地域の風土、産品、遺産登録の関係性について、地理的表示の保護の制度の活用を中心に研究をしています。
実行委員会より一般財団法人古橋会常務理事 古橋真人※本記事執筆
一般財団法人古橋会 常務理事
稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会 委員
稲武で明治期に殖産興業として養蚕業を奨励し、伊勢神宮献糸の伝統文化を復興した古橋家6代当主の古橋源六郎暉皃(てるのり)の来孫(ひ孫の孫)にあたります。一般財団法人古橋会の経営者です。
古橋家の資産を継承した財団法人古橋会は、稲武の養蚕製糸の伝統文化の継承事業も手掛けており、現在は豊田市稲武献糸会の事務局も担っています。
愛知県豊田市稲武はシルクのトップブランド
稲武地区からは、明治15年(1882)から毎年、伊勢神宮に生糸を献納しており、令和元年度からは熱田神宮にも生糸の献納を開始しました。
また、皇室で最も重要な祭祀である大嘗祭(天皇陛下の代替わり後に最初に行われる新嘗祭のこと)では、繒服(にぎたえ)という絹織物も、稲武から調進しています。
これは、平安時代の古書(延喜式など)に、重要な祭祀には三河産の生糸を用いるのが良いという記述があるためです。稲武の養蚕製糸の伝統文化について詳しくは以下の記事をご覧ください。
第1部:瀬筒秀樹様 基調講演
以下は、瀬筒様にご講演いただいた内容を、実行委員会の委員である一般財団法人古橋会常務理事の古橋真人が要約執筆したものになります。
カイコのすごさを共有したい
今日はカイコについてたくさんの可能性をみなさんと共有したいです。
たくさんの可能性があるなかで、みなさんが自分なりに引っかかるポイントが見つかることを期待しています。
農研機構の紹介
日本最大の農業に関する研究所で、職員約3,329名(令和3年4月1日時点)うち研究職員約1,813名となっています。
農研機構が育種した有名な品種としては、リンゴの「ふじ」やシャインマスカットなどがあります。
カイコやシルクの分野では、内藤新宿試験場蚕業試験掛、原蚕種製造所、蚕糸試験場、蚕昆研、農業生物資源研究所などの経緯を経て、現在の農研機構に統合されて、合計で100年以上カイコやシルクの研究をしてきています。
欧米ではあまりカイコやシルクの研究はされていないこともあり、この分野で世界一の研究機関であるとアピールしています。
1000系統以上のカイコの遺伝資源
日本では、農研機構や九州大学を中心に1000系統以上のカイコの遺伝資源を保存しています。
この中には、以下のような珍しい品種もあります。
- ○ほぼセリシンのみの繭「セリシンホープ」
-
カイコの糸は繊維成分のフィブロインと糊成分のセリシンの2つのタンパク質から成り立っていて、セリシンは化粧品などに活用できます。フィブロインをほぼ含まず、セリシンのみを成分とする繭をつくる品種です。
- ○玉繭を効率的に生産できる「珠里丸」
-
2頭以上のカイコが1つの繭をつくる玉繭を、一定の割合で混ぜて製糸した糸を玉糸と言います。玉糸はランダムな節が多く見られる趣のある糸で、洋装分野でシャンタンなどの織物にも用いられます。この玉繭を効率的に生産できる品種です。
カイコは5000年も人類とともに生きてきた唯一無二の存在
カイコは3週間で体重が1万倍にもなり、タンパク質の合成効率が非常に高いです。
さらに、繊維物質である「繭」をつくる能力があります。
この2点は、昆虫資源として唯一無二の可能性を秘めています。
カイコは、人類とともに約5000年もの年月を過ごしていると言われていて、その長い時間で品種改良が続けられてきました。これは人類古来のバイオ技術とも言えます。
カイコの原種であるクワコは空を飛ぶことができます。しかし、現在のカイコは完全に家畜化されており、空を飛べず、逃げても行かないし、木にも登れないです。
人間が世話しないと生きていけず、餌が30cm離れていても死んでしまいます。
このように、昆虫資源でありながら、カイコは比較的容易に飼育できる上、育種や養蚕技術も確立しています。
また、カイコが作る「繭」については、1つの繭に1200mから1500mの糸が一本つなぎで入っています。繭1個から取れる1本の糸が、東京スカイツリー2本分もの長さになるなんて驚異的ですね。
シルクはサステイナブルな特性が強み
地球環境に負荷をかけない社会の実現に向けて、世界的に脱石油やCO2排出量の削減への取り組みが加速しています。
シルクはそんな取り組みに適合した強みがあります。
世界の繊維事情
東洋紡糸工業㈱の鳥越様のご見解を紹介させていただきます。
これまでのアパレル業界は、大量生産&大量廃棄の産業構造で、人件費の安い新興国で生産して、消費国への輸送にもコスト(CO2の排出も)がかかっていました。
さらに化学繊維に依存していることから、CO2排出やマイクロプラスチックによる海洋汚染という懸念もあります。これから石油由来製品の規制は強まってくると考えられます。
将来的には、地産地消の傾向になったり、繊維が不足したり、価格が上がったりすることも考えられます。
石油由来素材の代替品としては、以下のようなものが挙げられます。
- セルロース繊維(レイヨン)
- 植物由来のバイオマスプラスチック繊維
- 大腸菌等バイオ技術でつくる構造タンパク質繊維(㈱スパイバーなど)
- 天然繊維
- コットン:農薬問題等で生産量が増やしにくい
- ウール:動物家畜の飼育は環境負荷が大きく、生産量が増やしにくい
- シルク:土地生産性が高く、桑自体がCO2を吸収するため、環境負荷を高めることなく、生産量が増やせる!?
近代以降の日本のシルク産業の歩み
明治維新の近代殖産興業以降、養蚕業や製糸業は日本経済を支えていました。
シルクとカイコの卵の輸出額が、日本全体の輸出額の4割以上を占めていた時期もありました。
ピーク時 | 1994年 | 2000年 | 2020年 | |
---|---|---|---|---|
養蚕農家の数 | 221万戸 (1929年) | 13,640戸 | 3280戸 | 228戸 |
繭の生産量 | 40万トン (1930年) | 5450トン | 626トン | 80トン |
大規模製糸工場の数 | 288軒 (1951年) | 29軒 | 8軒 | 2軒 |
化学繊維の普及、国際価格競争に敗北、農家の高齢化などによって、日本では衰退し続けています。
日本各地にある伝統産業や文化、これまで培ってきた技術の消失の危機になっています。
従来の養蚕の問題点
- 低収益
- 重労働
- 超高齢化(一般農家の平均年齢を10歳上回る)
収益性の向上や、機械化生産が必要であると考えられます。
日本の蚕糸業の伝統を守る取り組み
2014年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界文化遺産登録されました。これはとても喜ばしいことです。
皇后陛下の宮中での御親蚕も貴重な取り組みです。
皇居の中に紅葉山御養蚕所という施設があって、そこで御養蚕をされています。
ちなみに、育てられている小石丸という品種は、農研機構が卵を預かって病気の有無などのチェックをしています。
この他にも、日本の各地で、小中学校でカイコを飼育したり、ライフワークとしての生きがい養蚕という試みも行われていたりします。
カイコの可能性を広げて、新しい産業をつくる蚕業革命
農研機構では、2000年に世界で初めて遺伝子組換えカイコの開発に成功しました。
遺伝子組換えカイコによって、カイコの可能性を広げて、新しい産業や雇用の創出ができないか期待しています。
こうした取り組みを、農研機構では「蚕業革命」と呼んでいます。
養蚕技術やカイコの遺伝子組換え技術は、日本が世界に誇るお家芸です。
カイコを使った以下のような新しい可能性が、耕作放棄地が桑畑になって、地域振興に繋がるものと期待しています。
- ヒト用医薬品
- 動物用医薬品
- 臨床検査薬
- 化粧品
- 再生医療、工業利用
- 衣料、インテリア
遺伝子組換えカイコとは
タンパク質の設計図(遺伝子)のDNAを、カイコの卵に注射してつくります。
遺伝子組換えというと怖いイメージもありますけど、顕著な性質を持った個体を繰り返し選抜していく品種改良を、短時間で行うような技術と捉えていただければと思います。
カイコの遺伝子組換えでは、大きく2つの発現部分があります。
1つ目は、セリシンタンパク質部分です。繭全体の約25%がセリシンタンパク質で、糊成分で水溶性です。
水溶性であるため、効果を発現させたタンパク質を容易に取り出すことができます。
2つ目は、フィブロインタンパク質部分です。繭全体の約75%がフィブロインタンパク質で、繊維成分で不溶性です。
こちらは繊維成分で、これまでに無いタイプの糸を得ることができます。
このように、性質の異なる2つのタンパク質に、狙った効果を発現させることができるという使い勝手の良さが魅力です。
遺伝子組換え技術を用いて、医薬品や化粧品をつくる
従来から、目的タンパク質を得るために、大腸菌などの微生物を用いたり、哺乳類細胞を用いたりすることが行われてきました。
しかし、微生物を用いる方法では夾雑物(きょうざつぶつ)の混入が多く、哺乳類細胞を用いる方法では時間やコストがかかることが課題でした。
カイコの遺伝子組換え技術では、セリシンタンパク質部分が水溶性であることから、すりつぶすなどの工程を経ることなく容易に目的タンパク質を取り出すことができます。
既に以下のようにいくつか商品化されています。
- ○ヒト骨粗しょう症の検査薬(農研機構とニットーボーメディカル㈱との共同研究)
-
かつては、ヒトの血液や骨を由来として製薬していましたが、倫理的な問題がありました。この目的タンパク質は微生物や哺乳類細胞での生産が困難で、カイコでしか生産できない医薬品です。
- ○ラミニン(iPS細胞培養基材)
-
従来の生産系による生産よりも、カイコを使うことで半額で生産できています。
- ○コラーゲン化粧品原料(農研機構と㈱免疫生物研究所との共同研究)
- ○抗アミロイドβ抗体(アルツハイマー病関連)
また、難消化性という特性を活かして、胃で溶けず腸まで届く、シルクを用いた経口ワクチン(食べるワクチン)や静菌剤の開発事例もあります。
これにより、ワクチン注射作業の低減、抗生物質の使用減、薬剤耐性菌対策、人獣共通感染症対策などに活かせると考えています。
さらに、カイコ生産系は環境負荷も低いことが分かっています。
従来の培養細胞生産系と比べて、CO2排出量が8割ほど減少できた事例もありました。
遺伝子組換えカイコを事業化されている企業様の紹介です。
シルクに新しい機能を与える『光るシルク』
蛍光タンパク質を繭に発現させることができました。
また、染色不要のカラーシルクというものもできました。
ファッションデザイナーの桂由美さんとのドレスの共同試作も行いました。
GUCCI主催「Tranceflora-エイミの光るシルク展」では、現代美術家のスプツニ子!さんともコラボレーションしました。
2021年11月23日放送の『マツコの知らない世界』(TBS系、毎週火曜)に、「シルクの世界」というテーマで様々なシルクを紹介して、私(瀬筒先生)も出演しました。
スプツニ子!さんとは、2016年に「運命の赤い糸をつむぐ蚕-タマキの恋」というプロジェクトでもご一緒して、恋愛ホルモンと言われるオキシトシンと赤色のタンパク質を加えた「運命の赤い糸」を遺伝子組換えカイコからつくりました。
スプツニ子!さんは、現在も遺伝子組換えシルクを使って創作活動をされています。
【香港展示の感謝】Thank you to everyone who visited “Red Silk of Fate – The Shrine” in Hong Kong at the DeTour Festival. We’re so happy to hear that the work has been well received by so many people. I’m looking forward to showing again soon in HK! https://t.co/f3ijOHhYQ3 pic.twitter.com/PK4N1OQ9Br
— Sputniko! スプツニ子! (@5putniko) December 23, 2021
このほか、「光るシルク」を織り込んだ錦織で能装束を展示する与謝野『シルクロード ‒Boundaries‒』など、カイコやシルクの新しい可能性を発信してきまして、まずは知ってもらうということも大事だと考えています。
シルクに新しい機能を与える『超極細シルク』
先ほどの光るシルクやカラーシルクよりも、こちらの方が産業化という意味では本命です。
従来の一般的な養蚕農家で生産される繭糸の太さは約3デニールほどなのですが、遺伝子組換え技術によって新たに開発した『超極細シルク』は約1.5デニールほどの太さを実現しました。
この生糸で織られた生地は糸表面の凹凸が小さいために光沢、肌触りともに優れ、ドレスや和装に上品な趣が加わります。
非常に発色性が高く、薄くて軽い生地が実現できます。
日本は世界で初めて遺伝子組換えカイコを飼育できる国になった
遺伝子組換えカイコを産業化していくには、供給部分が課題になります。
着物1着に生糸1kgで繭3000個、ウェディングドレス1着に生糸4kgで繭12000個を用いることからも、生産体制の整備は重要です。
遺伝子組換えをした生物を扱うには、カルタヘナ法という生物の多様性へ悪影響が及ぶことを防ぐための国際的な枠組みを遵守し、監督当局の承認を得る必要があります。
実は、群馬県の農家で、遺伝子組換えカイコの飼育は始まっています!
カイコは外では自力で生きていけないので、遺伝子組換えをしたカイコも、生態系に影響を及ぼさないのです。
これまで全国各地で養蚕業が盛んに行われてきましたが、これまでカイコが野生のクワコの生息等に悪影響を及ぼしたとの報告はありません。
また、日本各地から採集したクワコの遺伝子を解析したところ、カイコと交雑した痕跡はみられず、通常の飼育方法であれば交雑(カイコからクワコへの遺伝子流入)は起こらないのではないかと考えられています。
研究室レベルを越えて、農家で遺伝子組換えカイコが認められたのは、日本が世界初になります。これは画期的なことで、日本が世界をリードできる領域と言えます。
新しい養蚕の取り組みの紹介
- ○SILK on VALLEY YAMAGA(熊本県山鹿市 ㈱あつまる山鹿シルク)
-
もともと九州で求人案内業をされていた㈱あつまるホールディングスさんが、全く経験の無い養蚕業に進出された事例です。25haもの耕作放棄地を桑畑にして、茶葉刈り取り機で桑の葉を収穫して人工飼料をつくり、巨大な周年無菌養蚕施設を建設してカイコを飼育されています。
- ○スマート養蚕技術(新菱冷熱工業㈱)
-
空調機器を扱う新菱冷熱工業㈱さんが、本業のノウハウを活かして、カイコの大量飼育システムを開発されました。さらなる自動化が期待されています。
新しいカイコやシルクを活用した出口・商品に向けて
カイコによる有用タンパク質生産拠点は、予定を含むと全国で15箇所以上あり、新しい活用の芽が出始めています。
農研機構でも、遺伝子組換えカイコの実用生産と付加価値の高い製品の開発を行っています。
しかし問題もありまして、まだ出口・商品・製品が少ないという印象があります。
取り組んでいる企業さんもベンチャー企業や中小企業が多く、大手企業さんにも参入していただきたく、もう少しかなと感じています。
シルク新素材は医療素材や化学素材に活用できる
シルクは、シルク100%でどんな形にもできます。
液体、粉体、フィルム、スポンジ、ナノファイバー、ブロック、ゲル、チューブなどです。
現時点ではコストが高いですが、ほとんどプラスチックのようなものです。
電気を通さない性質から電子材料などへの利用が期待されるほか、以下のような医療素材や化学素材としても活用が試みられています。
- ○再生医療用素材
-
小口径人工血管、軟骨再生、創傷被覆、角膜再生などのほか、膝関節軟骨再生用スポンジ(フィブロインスポンジ)を人体に埋め込んで再生を促すような使い方も研究されています。
- ○レアアース(レアメタル)を回収するシルク
-
レアアース結合ペプチドを融合させたシルクを、㈱豊田中央研究所さんと共同開発しました。
特開2019-176833「レアアース種分離回収融合タンパク質及びその利用」
昆虫食や飼料は新たな注目用途
動物性タンパク質の代替や環境負荷の低いタンパク源として、昆虫食が注目を集め始めています。
SNSで映えるのも特徴です。
カイコのサナギは、古来から人間に食べられていますので、自然なこととも言えます。
㈱日本能率協会総合研究所によると、2019年度は約70億円だった世界の昆虫食市場は、2025年度には約1000億円まで拡大すると予測されています。
また、FAO(国際連合食糧農業機関)が2013年に食品及び飼料における昆虫類の役割に注目した報告書を公表しました。
これによると、動物性タンパク質(家畜・魚)の需要は今後も増加を続け、その生産を支えるタンパク質飼料が必要になり、現在は主に大豆や魚粉が飼料として使われています。
しかし、世界の大豆栽培面積は急増して環境問題化しており、魚粉も価格が高騰していることから、昆虫に注目したのです。
カイコやシルクの可能性まとめ「カイコ、万能」
- 昆虫工場:カイコは動く培養タンク
- 紡糸工場:新機能シルクの製造工場
- 新素材工場:シルク加工新素材の工業利用等
- 昆虫食:動物タンパク源(飼料にも)、機能性食品、宇宙養蚕
- 新しい実験動物:マウス代替、動物愛護、毒性評価、医薬品探索、殺虫剤開発、超高感度バイオセンサー
- 教材、アート、福祉、その他異業種連携
新産業(新蚕業)創出の可能性は十分にあります。
一方で、事業化や出口戦略の部分が課題だと感じています。
稲武の養蚕製糸の可能性
稲武の強みは大きく3点あると感じています。
①繒服(にぎたえ)や神宮献糸、赤引糸(あかひきのいと)の伝統が続いていること
②豪農精神
③地元豊田市は製造業の地
稲武の強みを活かして、是非、蚕業革命を起こしましょう!
第2部:パネルディスカッション
瀬筒秀樹様に加えて、農研機構の冨田秀一郎様、稲武KAIKO学プロジェクトアドバイザーの香坂玲様、実行委員会の古橋真人の4名でパネルディスカッションを行いました。
司会進行は、㈲マイルストーンズの伊藤光弘様が務められました。
以下は、パネルディスカッションの内容を、実行委員会の委員である一般財団法人古橋会常務理事の古橋真人が要約執筆したものになります。
古橋真人より自己紹介とメッセージ
稲武の養蚕は、私の曽祖父の祖父である古橋家6代当主の古橋源六郎暉皃(てるのり)がきっかけになっています。しかし、当時も古橋家は稲武地区の養蚕業や製糸業の権益を囲い込むようなことをは全くしませんでした。
現在も、この稲武KAIKO学のパネルディスカッションに地域から代表して登壇はしているものの、稲武の養蚕は古橋家だけの活動ではなく、地域の大切な宝物です。
これからも、稲武のカイコやシルクの魅力的な活動が、同時多発的に様々な方向から様々な方向へ生み出されていくと良いなと考えています。
香坂玲様より自己紹介とメッセージ
ドイツの大学院で、環境と調和したまちづくりに携わったことがあります。人口が多くなくても、分散して、人と地域が連携したまちづくりです。
これまで、2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)のワーキングにも関わり、地域の風土や生物多様性と営みや文化の関係を考え続けています。
今回の稲武KAIKO学も、そうした文脈で捉え、林業や農業との繋がりなども意識したいと思います。
冨田秀一郎様より自己紹介とメッセージ
昆虫の生理、遺伝、発生などの生物学的現象を研究対象としつつ、一方で、カイコの新しい活用に向けた規制への対応や、普及活動も行っています。
今日は、全国シルクビジネス協議会というものをご紹介させていただきます。
全国シルクビジネス協議会の目的は、シルクに関する情報共有や発信、シルク関係者の連携体制の構築等を通じて、シルクの様々な分野での利用促進を図ることにより、国産シルクの需要拡大と国内養蚕業の振興、シルク関連産業による地域振興等に資するというものです。
繭生産者、自治体、研究機関、企業、関係団体(JAなど)を構成メンバーとして、5つの分科会を設置しています。
PR分科会、蚕糸分科会、新機能シルク分科会、繊維分科会、新用途分科会です。
まだ新しい協議体ではありますが、是非ウォッチしていただければ嬉しいですし、いざというときは我々にご相談していただければと思います。
シルクやカイコへの新しい関わり方
『光るシルク』というのは、頭でそういうものがあるんだと理解していても、実際に今日見てみると、やっぱり新鮮な驚きがありますね。
知ってもらうという点で、広告やアートの方にも関わりしろがあると感じました。
昆虫食は親しみやすい分野ですね。
滋賀県米原市の旧近江地区は古来より絹の真綿の産地として有名で、シルクパウダーを配合したラーメン(フルフルらーめん)を販売されています。
また、昆虫食を手掛けるANTCICADAさんは、カイコのサナギのパウダーを配合したソーセージを販売されています。
産業まで大規模でなくても、日常の趣味や生きがい、介護福祉や教育、観光といった切り口でも可能性がありそうだと感じています。
福祉の分野では、パーソルサンクス㈱さんが、群馬県でとみおか繭工房という拠点を運営されています。障がい者の方がそこで養蚕や繰糸に取り組んでいます。
また、老人ホームでカイコを飼育すると、高齢者の方がシャキっとするということもあるようです。身体を動かすという意味もありますし、昔カイコを飼育した記憶が呼び起こされるということもあるようです。
教育の分野では、学校教育の中に取り入れていくのも良いでしょうし、生涯教育というか、地域の方々にカイコを通して生物に親しんでいただきたいです。
環境に対する海外と日本の感覚の違い
ヨーロッパを中心に、CO2排出量の削減やSDGsといった、人間や自然に負荷の少ない社会の実現に向けて勢いが加速しています。
しかし日本にいると、そのあたりの感覚がまだピンと来ないところもありますね。
少し前まで、「環境」というと、なんとなく主張の激しい方々が前衛的にやっていらっしゃるという感覚を、皆さんお持ちだと思います。
ただ、最近は大企業でも、特に食べ物や衣類などで、どういう材料をどのような経路で調達してきているか、というような関心が高まっていますし、投資家もそれを見ています。
だいぶ日常に入ってきたかなと感じています。
とはいえ、「環境に優しいけど値段が高い」という商品を、日本人はあまり好まないと言われることもありますし、確かにそういう面はあります。
日本の場合の動機づけは、健康はもちろんですが、それ以外に、「その土地ならではのもの」や「物語があるもの」というようなことも大切なのかなと思います。
環境に対する取り組みは、海外の方が先行しています。
日本にも案外、急にやってくるのかもしれないという印象もありまして、今から用意しておいた方が良いと考えています。
急にレジ袋が有料化され、スターバックスではストローが紙になりましたからね。
ルールや規制への対応は、あらかじめ準備しておく
「こういうので作ったらOKだけど、これではNG」というような基準やルールを、ヨーロッパの人たちは押し付けてくることがあります。
我々はそれにどう対応するかと言うと、あらかじめきちんと理論武装しておく必要があります。
新しいシルクの活用では、環境への影響をきちんと発信していくことが大切です。
基準やルールって、すごく遠い話のように思われるかもしれないですけど、とても身近なものなのです。
スポーツを例に取ると、選手がどれだけ頑張っても、ルールをコロコロ変えられたら、結果もそれに左右されてしまいます。オリンピック競技でもよく話題になりますね。
別の側面の規制の話題では、ハワイのビーチでは日焼け止めを塗ってはいけないようですね。海洋やサンゴ礁を汚染する可能性がある成分を含んではいけないということのようです。
代わりにシルクで日焼け止めを作ると良さそうですね。
環境への影響について、きちんと準備して発信しておくことで、規制がチャンスに変えられるということもありそうです。
シルクを使った商品づくり
シルクの本業のアパレル分野ついては、環境に負荷がかからないようにして、できるだけ国産のものを使いたいと思いつつ、実際のところ、現実の事業環境ではなかなか難しい面もあるようです。
さらに、ネクタイや着物といった商品の先行きを考えると、アパレルだけに固執せず、粉にしたり、液体にしたり、フィルムにしたりなど、工業分野での活用も考えてみたいです。
これまで色々な企業さんが挑戦されてきたと思いますが、実際のところどうなのか教えていただけますか?
うまくいっている話は、どうしても企業秘密になってしまうのです。
例えば、爪のマニキュアの事例や、他にもいろいろとあるのですがあまり言えないんです。
言えないことがあるということは、うまくいっているものがあるということですので、ポジティブに捉えたいと思います笑
遺伝子組換えカイコを飼うことについて
遺伝子組換えカイコを実際に飼育することは可能でしょうか?
また、瀬筒先生の講演にありましたスマート養蚕というものを、もう少し教えていただけますか?
『光るシルク』と『超極細シルク』については、規制対応ができていますので、ハードルは比較的低いです。
しかし重要なのは、そのカイコや糸などを、誰がどのように使うのかということで、出口や商品から考えるというのが良いのではないかと思います。
スマート養蚕というのは、機械化された飼育装置を使って、いつ何をすればいいかがあらかじめ予定されているようなものです。季節にとらわれないという特徴もあります。
私としては、30日かけて一周するベルトコンベア式養蚕のような、生産性の高い工場養蚕の仕組みを、この豊田市の製造業の企業さんに作っていただきたいなと思っています。
一番期待できる領域とまとめ
カイコやシルクの新しい可能性として、私が最も期待できる領域は、医薬品だと考えています。単価が高いですし、人への貢献度も高いです。
もう一度、シルクが日本の主力産業になり得るとも思っています。
もちろん、次に主力産業になるときには、サナギや副産物まで、あますところなく使うような、エコな養蚕システムになるのかなと感じています。
殖産興業の頃は、カイコやシルクの可能性のうちのほんの一部しか使っていなかったというように理解できますね。
カイコ以外にも様々な昆虫生物がいます。その中で、カイコが他の生物よりも長けているところは、繊維タンパク質をつくることができる、という点だと思います。
この点を活かしていくと、カイコ独自の魅力が出てくると思います。
今日の稲武KAIKO学が、地域の皆さんと一緒に、カイコやシルクの可能性を紡いで考えていくプロセスになると良いですね。
今日会場にお越しいただいた方には、今日何が一番ワクワクしたかなどを、ご家族などにお話いただけたらと思っています。
この記事をご覧くださった方々へ
今回のKAIKO学は約50名の方にご参加いただき、アンケートでは好評価をいただきました。
実際に会場では、和やかで前向きな良い雰囲気のなか、次回のKAIKO学に期待が高まっていきました。
今後も稲武KAIKO学を予定していますので、是非ご参加ください。
また、稲武のシルクに何か関わってみたい、新しい産業や新しい価値づくりにチャレンジしてみたい、という個人や企業の方々は、以下の古橋会の問い合わせフォームなどに、ご意見やご提案をいただければありがたいです。