カイコの新しい可能性を探る!【令和3年度第1回稲武KAIKO学】瀬筒秀樹様(農研機構)講演とパネルディスカッション

目次

養蚕製糸の新しい可能性を学ぶ勉強会「稲武KAIKO学」

令和2年度から稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会(事務局:豊田市役所稲武支所。以下、実行委員会)が地域に発足しました。
稲武の養蚕製糸の伝統文化を、稲武のまちを持続可能にする「まち守り」の視点で捉え、新しい産業を模索しつつも、地域住民から遊離したものにならないよう、地域の暮らし、自然との共生、生物多様性などまで見据えた、志の高い活動にしようとしています。

これまで実行委員会では、地元の保存団体「いなぶまゆっこクラブ」の活動を支援したり、映画「時の絲ぐるま」の上映会を豊田市内の各地の交流館で開催したり、足踏み式座繰り機を復元したり、豊田国際紙フォーラムで映像作品を制作したり、愛知工芸エキスポなどのイベントで普及活動を行ってきています。

今回実行委員会が主催する「稲武KAIKO学」では、カイコやシルクの新しい可能性を学ぶべく、毎回外部講師をお招きしてご講演いただきます。地域住民や企業、関連団体まで巻き込んで、自由闊達なディスカッションを行って、新しい活動が芽生えるきっかけになることを目的としています。

2021年12月5日 令和3年度第1回稲武KAIKO学 概要

テーマ蚕業革命を稲武の地から!
日時2021年12月5日(日) 13:30~15:30
会場豊田市役所稲武支所 2階多目的ホール
講師瀬筒秀樹 様(農研機構)
アドバイザー香坂玲 様(名古屋大学大学院)
主催稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会
稲武KAIKO学の会場
実行委員会 会長 安藤貴紳 ご挨拶
実行委員会 顧問 三江弘海 ご挨拶

講師 瀬筒秀樹様のご紹介

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
生物機能利用研究部門
絹糸昆虫高度利用研究領域 領域長

遺伝学・集団遺伝学・昆虫生物学で、シルクや昆虫ゲノムの多様性研究、マウス突然変異体開発、遺伝子組換えカイコに関する研究などを行ってきました。現在は、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質生産の実用化による「蚕業革命」を目指して研究開発を行っています。

パネリスト 冨田秀一郎様のご紹介

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
生物機能利用研究部門
カイコ基盤技術開発グループ グループ長

昆虫を材料とした発生生物学、進化生物学を専門にしています。昆虫の生理、遺伝、発生などの生物学的現象を研究対象にする一方で、カイコの新しい活用に向けた規制への対応や、情報提供、普及活動も行っています。

アドバイザー 香坂玲様のご紹介

名古屋大学大学院環境学研究科 教授
香坂玲研究室

フューチャーアース、地方創生にも参画。日本学術会議の連携会員(環境学:25,26期)・生物多様性条約COP10支援実行委員会アドバイザー・国際連合大学高等研究所客員研究員。専門は環境マネジメント、森林科学、国際資源管理論、風土論。地域の風土、産品、遺産登録の関係性について、地理的表示の保護の制度の活用を中心に研究をしています。

実行委員会より一般財団法人古橋会常務理事 古橋真人※本記事執筆

一般財団法人古橋会 常務理事
稲武地区養蚕・製糸文化伝承事業実行委員会 委員

稲武で明治期に殖産興業として養蚕業を奨励し、伊勢神宮献糸の伝統文化を復興した古橋家6代当主の古橋源六郎暉皃(てるのり)の来孫(ひ孫の孫)にあたります。一般財団法人古橋会の経営者です。
古橋家の資産を継承した財団法人古橋会は、稲武の養蚕製糸の伝統文化の継承事業も手掛けており、現在は豊田市稲武献糸会の事務局も担っています。

愛知県豊田市稲武はシルクのトップブランド

稲武地区からは、明治15年(1882)から毎年、伊勢神宮に生糸を献納しており、令和元年度からは熱田神宮にも生糸の献納を開始しました。
また、皇室で最も重要な祭祀である大嘗祭(天皇陛下の代替わり後に最初に行われる新嘗祭のこと)では、繒服(にぎたえ)という絹織物も、稲武から調進しています。

これは、平安時代の古書(延喜式など)に、重要な祭祀には三河産の生糸を用いるのが良いという記述があるためです。稲武の養蚕製糸の伝統文化について詳しくは以下の記事をご覧ください。

第1部:瀬筒秀樹様 基調講演

以下は、瀬筒様にご講演いただいた内容を、実行委員会の委員である一般財団法人古橋会常務理事の古橋真人が要約執筆したものになります。

カイコのすごさを共有したい

今日はカイコについてたくさんの可能性をみなさんと共有したいです。
たくさんの可能性があるなかで、みなさんが自分なりに引っかかるポイントが見つかることを期待しています。

農研機構の紹介

日本最大の農業に関する研究所で、職員約3,329名(令和3年4月1日時点)うち研究職員約1,813名となっています。
農研機構が育種した有名な品種としては、リンゴの「ふじ」シャインマスカットなどがあります。

カイコやシルクの分野では、内藤新宿試験場蚕業試験掛、原蚕種製造所、蚕糸試験場、蚕昆研、農業生物資源研究所などの経緯を経て、現在の農研機構に統合されて、合計で100年以上カイコやシルクの研究をしてきています。
欧米ではあまりカイコやシルクの研究はされていないこともあり、この分野で世界一の研究機関であるとアピールしています。

1000系統以上のカイコの遺伝資源

日本では、農研機構や九州大学を中心に1000系統以上のカイコの遺伝資源を保存しています。
この中には、以下のような珍しい品種もあります。

○ほぼセリシンのみの繭「セリシンホープ

カイコの糸は繊維成分のフィブロインと糊成分のセリシンの2つのタンパク質から成り立っていて、セリシンは化粧品などに活用できます。フィブロインをほぼ含まず、セリシンのみを成分とする繭をつくる品種です。

○玉繭を効率的に生産できる「珠里丸」

2頭以上のカイコが1つの繭をつくる玉繭を、一定の割合で混ぜて製糸した糸を玉糸と言います。玉糸はランダムな節が多く見られる趣のある糸で、洋装分野でシャンタンなどの織物にも用いられます。この玉繭を効率的に生産できる品種です。

カイコは5000年も人類とともに生きてきた唯一無二の存在

カイコは3週間で体重が1万倍にもなり、タンパク質の合成効率が非常に高いです。
さらに、繊維物質である「繭」をつくる能力があります。
この2点は、昆虫資源として唯一無二の可能性を秘めています。

カイコは、人類とともに約5000年もの年月を過ごしていると言われていて、その長い時間で品種改良が続けられてきました。これは人類古来のバイオ技術とも言えます。
カイコの原種であるクワコは空を飛ぶことができます。しかし、現在のカイコは完全に家畜化されており、空を飛べず、逃げても行かないし、木にも登れないです。

人間が世話しないと生きていけず、餌が30cm離れていても死んでしまいます。


このように、昆虫資源でありながら、カイコは比較的容易に飼育できる上、育種や養蚕技術も確立しています。
また、カイコが作る「繭」については、1つの繭に1200mから1500mの糸が一本つなぎで入っています。繭1個から取れる1本の糸が、東京スカイツリー2本分もの長さになるなんて驚異的ですね。

シルクはサステイナブルな特性が強み

地球環境に負荷をかけない社会の実現に向けて、世界的に脱石油やCO2排出量の削減への取り組みが加速しています。
シルクはそんな取り組みに適合した強みがあります。

シルクの強み
シルクの弱み
  • タンパク質長繊維
  • 非石油原料、低CO2、生分解性
  • 光沢、保湿、保温
  • 断熱性、絶縁性、静電気が発生しない
  • 摩擦に弱い
  • 洗濯すると縮みやすい
  • 黄変
  • 価格が高い

世界の繊維事情

東洋紡糸工業㈱の鳥越様のご見解を紹介させていただきます。

これまでのアパレル業界は、大量生産&大量廃棄の産業構造で、人件費の安い新興国で生産して、消費国への輸送にもコスト(CO2の排出も)がかかっていました。
さらに化学繊維に依存していることから、CO2排出やマイクロプラスチックによる海洋汚染という懸念もあります。これから石油由来製品の規制は強まってくると考えられます。

将来的には、地産地消の傾向になったり、繊維が不足したり、価格が上がったりすることも考えられます。
石油由来素材の代替品としては、以下のようなものが挙げられます。

  • セルロース繊維(レイヨン)
  • 植物由来のバイオマスプラスチック繊維
  • 大腸菌等バイオ技術でつくる構造タンパク質繊維(㈱スパイバーなど)
  • 天然繊維
    • コットン:農薬問題等で生産量が増やしにくい
    • ウール:動物家畜の飼育は環境負荷が大きく、生産量が増やしにくい
    • シルク:土地生産性が高く、桑自体がCO2を吸収するため、環境負荷を高めることなく、生産量が増やせる!?

近代以降の日本のシルク産業の歩み

明治維新の近代殖産興業以降、養蚕業や製糸業は日本経済を支えていました。
シルクとカイコの卵の輸出額が、日本全体の輸出額の4割以上を占めていた時期もありました。

ピーク時 1994年 2000年2020年
養蚕農家の数221万戸
(1929年)
13,640戸3280戸228戸
繭の生産量40万トン
(1930年)
5450トン626トン80トン
大規模製糸工場の数288軒
(1951年)
29軒8軒2軒

化学繊維の普及、国際価格競争に敗北、農家の高齢化などによって、日本では衰退し続けています。
日本各地にある伝統産業や文化、これまで培ってきた技術の消失の危機になっています。

従来の養蚕の問題点

  • 低収益
  • 重労働
  • 超高齢化(一般農家の平均年齢を10歳上回る)

収益性の向上や、機械化生産が必要であると考えられます。

日本の蚕糸業の伝統を守る取り組み

2014年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界文化遺産登録されました。これはとても喜ばしいことです。

皇后陛下の宮中での御親蚕も貴重な取り組みです。
皇居の中に紅葉山御養蚕所という施設があって、そこで御養蚕をされています。
ちなみに、育てられている小石丸という品種は、農研機構が卵を預かって病気の有無などのチェックをしています。

この他にも、日本の各地で、小中学校でカイコを飼育したり、ライフワークとしての生きがい養蚕という試みも行われていたりします。

カイコの可能性を広げて、新しい産業をつくる蚕業革命

農研機構では、2000年に世界で初めて遺伝子組換えカイコの開発に成功しました。
遺伝子組換えカイコによって、カイコの可能性を広げて、新しい産業や雇用の創出ができないか期待しています。
こうした取り組みを、農研機構では「蚕業革命」と呼んでいます。

遺伝子組換えによる蛍光カイコ
農研機構 生物機能利用研究部門HPより

養蚕技術やカイコの遺伝子組換え技術は、日本が世界に誇るお家芸です。
カイコを使った以下のような新しい可能性が、耕作放棄地が桑畑になって、地域振興に繋がるものと期待しています。

  • ヒト用医薬品
  • 動物用医薬品
  • 臨床検査薬
  • 化粧品
  • 再生医療、工業利用
  • 衣料、インテリア

遺伝子組換えカイコとは

タンパク質の設計図(遺伝子)のDNAを、カイコの卵に注射してつくります。
遺伝子組換えというと怖いイメージもありますけど、顕著な性質を持った個体を繰り返し選抜していく品種改良を、短時間で行うような技術と捉えていただければと思います。

参考文献:瀬筒,立松(2014)「医療用有用タンパク質の生産を目指した組換えカイコの作製と展開」生化学第86巻5号

画像提供:瀬筒先生(農研機構)

カイコの遺伝子組換えでは、大きく2つの発現部分があります。

1つ目は、セリシンタンパク質部分です。繭全体の約25%がセリシンタンパク質で、糊成分で水溶性です。
水溶性であるため、効果を発現させたタンパク質を容易に取り出すことができます。

2つ目は、フィブロインタンパク質部分です。繭全体の約75%がフィブロインタンパク質で、繊維成分で不溶性です。
こちらは繊維成分で、これまでに無いタイプの糸を得ることができます。

このように、性質の異なる2つのタンパク質に、狙った効果を発現させることができるという使い勝手の良さが魅力です。

遺伝子組換え技術を用いて、医薬品や化粧品をつくる

従来から、目的タンパク質を得るために、大腸菌などの微生物を用いたり、哺乳類細胞を用いたりすることが行われてきました。
しかし、微生物を用いる方法では夾雑物(きょうざつぶつ)の混入が多く、哺乳類細胞を用いる方法では時間やコストがかかることが課題でした。

カイコの遺伝子組換え技術では、セリシンタンパク質部分が水溶性であることから、すりつぶすなどの工程を経ることなく容易に目的タンパク質を取り出すことができます。

既に以下のようにいくつか商品化されています。

○ヒト骨粗しょう症の検査薬(農研機構とニットーボーメディカル㈱との共同研究)

かつては、ヒトの血液や骨を由来として製薬していましたが、倫理的な問題がありました。この目的タンパク質は微生物や哺乳類細胞での生産が困難で、カイコでしか生産できない医薬品です。

○ラミニン(iPS細胞培養基材)

従来の生産系による生産よりも、カイコを使うことで半額で生産できています。

○コラーゲン化粧品原料(農研機構と㈱免疫生物研究所との共同研究)
○抗アミロイドβ抗体(アルツハイマー病関連)

また、難消化性という特性を活かして、胃で溶けず腸まで届く、シルクを用いた経口ワクチン(食べるワクチン)や静菌剤の開発事例もあります。
これにより、ワクチン注射作業の低減、抗生物質の使用減、薬剤耐性菌対策、人獣共通感染症対策などに活かせると考えています。

さらに、カイコ生産系は環境負荷も低いことが分かっています。
従来の培養細胞生産系と比べて、CO2排出量が8割ほど減少できた事例もありました。

農研機構による2016年3月の手引書です。

遺伝子組換えカイコを事業化されている企業様の紹介です。

シルクに新しい機能を与える『光るシルク』

蛍光タンパク質を繭に発現させることができました。
また、染色不要のカラーシルクというものもできました。

遺伝子組換えカイコを用いた蛍光色を持つ高機能絹糸の開発とその利用
農研機構HPより

ファッションデザイナーの桂由美さんとのドレスの共同試作も行いました。

GUCCI主催「Tranceflora-エイミの光るシルク展」では、現代美術家のスプツニ子!さんともコラボレーションしました。

2021年11月23日放送の『マツコの知らない世界』(TBS系、毎週火曜)に、「シルクの世界」というテーマで様々なシルクを紹介して、私(瀬筒先生)も出演しました。

スプツニ子!さんとは、2016年に「運命の赤い糸をつむぐ蚕-タマキの恋」というプロジェクトでもご一緒して、恋愛ホルモンと言われるオキシトシンと赤色のタンパク質を加えた「運命の赤い糸」を遺伝子組換えカイコからつくりました。

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この記事を書いた人

私たちは、300年以上の歴史がある豪農古橋家の歴史と家訓「家は徳に栄える」を受け継ぐ財団法人です。
私たちは、豪農旧家、中山間地域、歴史や伝統文化など、古めかしくて時代遅れとみなされたものを、現代においても通用する形に磨き上げて、人と人との繋がりが人を支え、人間性に根ざした、与え合う社会の実現に貢献していきます。

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